魂のリサイクル マイトレイヤ・弥勒菩薩
- Makaula Nakae
- Mar 28, 2021
- 12 min read

仏教での弥勒菩薩は、釈迦の尊名である釈迦牟尼仏(釈迦如来)の次に現われる、未来仏だと説かれています。大乗仏教では菩薩の一尊になると書かれています。
仏教に造作が深くないとわかりにくい世界ですよね。
ここで仏教解説する気は全くないのですが、言葉がなにを指すのかわからないと難しくなるので、呼び名理解の基本から始めます。
仏教世界はややこしい・・・。
この世界を頭=志向の枠組みで理解しようとすると、頭の中、特に中心部の上部が硬くなります。
これは様々な言葉、名称とか、それぞれの意味や、全体性が覚え込まれてないので、脳内で綺麗に結びつかず、混乱するためでしょう。
面倒な場合は飛ばして先へ。
まず、釈迦というのは、ゴータマ・シッダッタの部族名「シャーキヤ族の聖者」という意味。
釈迦如来というのは、歴史的に実在した仏教の開祖である釈迦=ゴータマ・シッダッタ、瞿曇悉達多=仏陀の「如来」の位置を指します。
仏陀は、悟りの最高の位「仏の悟り」を開いた人を指し、釈迦牟尼も意味します。
仏は仏陀の略で智者・覚者の意味。
如来とは、釈迦や諸仏の称呼で、仏陀の持つ10の称号=十号の中の一つ。
初期仏教では、仏教を開いた釈迦ただ一人を仏陀とし、現在の仏陀は釈迦一人だけで、釈迦の死後から現在まで現れていないとされています。
十号(じゅうごう)とは、仏陀の10種の称号のこと。
称号とは、公的な身分や資格、地位などを表す呼び名のことです。
1 如来(にょらい) 真実のままに現れて真実を人々に示す者
如来如来=真実の世界に至り、また真実の世界から来られし者
2 応供(おうぐ) 尊敬を受くるに足る者
3 正遍知(しょうへんち) 宇宙のあまねく物事、現象について正しく知る者
4 明行足(みょうぎょうそく) 三明と三業を具足する者
明=宿命・天眼・漏尽の過去現在未来の三明
行=身口意の三業
足=本願と修行を円満具足すること
5 善逝(ぜんぜい) 智慧によって迷妄を断じ世間を出た者
6 世間解(せけんげ) 世間・出世間における因果の理を解了する者
7 無上士(むじょうし) 惑業が断じつくされて世界の第一人者となれる者
8 調御丈夫(じょうごじょうぶ) 御者が馬を調御するように、衆生を調伏制御して悟りに至らせる者
9 天人師(てんにんし) 天人の師となる者
10 仏世尊(ぶつせそん) 煩悩を滅し、無明を断尽し、自ら悟り、他者を悟らせる者
真実なる幸福者
弥勒=「慈しみ」を語源とするため、慈氏菩薩(慈しみという名の菩薩)とも意訳する
菩薩=菩提(悟り)を求める衆生を意味する

弥勒は、現在の仏であるゴータマ・ブッダの次にブッダとなることが約束された、菩薩=修行者を指し、ゴータマの入滅後56億7千万年後の未来に世界に現われ、悟りを開き、多くの人々を救済すると解説されています。
厳密には未来仏がいつの時代に出現するのかは定かではなく「遠い未来」の比喩ではないかとも考えられているそうです。
弥勒菩薩のことを調べていて興味深いと思ったのは、インドでは「水瓶」を手にする像として造形されたという部分。
この水瓶が、本当は何を指すのかが今後の内容に関係します。
前回の記事の中で、瞑想中に入り込んでしまった異次元リアリティーにマイトレイヤが登場したことを書きました。
瞑想室で三人で瞑想に入ったのですが、特別な瞑想の目的はなく、意図的に経験を引き出す、または作り出すのではなく、ただ瞑想して、経験または事象を自然に出現させる、フリー瞑想でした。
世の中には多種多様な瞑想法、考え方や、瞑想への入り方、意図などがありますが、その中で最も難しいのがフリー瞑想だと言われています。
その理由は、誘導、視覚化、意図などのマインド世界の活動を捨て、すべてを出現するものに任せてしまうからです。
かと言って全く基盤がないわけではありません。
基盤になるのもは、姿勢と呼吸法、この二つだけです。
この二つをどこまで理解してるかが最も重要です。
その理由は、頭=マインド=思考の枠ではなく、人間ボディーの全体が経験を作り出すからです。
呼吸法も多々ありますが、彼らが練習しているのはyogi世界の喉の背面に意識を当てて擦るように呼吸する「フリクション・摩擦」系の瞑想呼吸プラクティス「Throat friction meditation technique・喉の摩擦瞑想テクニック」です。
ご夫妻はすでに故人(2016年死去)となった、yogi系の導師、フランス人の医者でもあった、サミュエル・セーガン氏の元で何年も瞑想を習ってきた方です。
彼の設立したクレイア・ヴィジョン・スクール・インターナショナルは、後継者によって彼の教えを引き続き国政的に教えていますが、まだ日本には紹介されてないようです。
サミュエル氏は代表作の「Awakening the Third Eye 第三の目の目覚め」「A Language to Map Consciousness 意識のマッピングとしての言語」そして、アトランティスを舞台にした小説シリーズ「Sleeper Awaken!, The Return of the Flying Dragon 眠れる者の目覚め・飛竜の回帰」を含む、合計15冊の本を出版していますが、日本語には翻訳されていません。
話をマイトレイヤと瞑想に戻します。
瞑想の姿勢は結跏趺坐が理想的ですが、股関節+ひざ関節+足首関節などが硬いと難度は高くなります。
結跏趺坐は得意ではないのですが、挑戦しました(笑)
三人で瞑想に入り喉の摩擦呼吸だけを繰り返し・・・だったのですが、わたしは頭の中で部屋全体と全員の密度を上げる遠隔ヒーリングを始めました。
しばらくするとスルッと別次元、異次元にばっくりと入っていました。
その空間は美しく艶のある濡れたような、神秘的なヴァイオレットの空間で、正しくこの世のものとは思えない世界でした。
視点の斜め下に仏教世界の服装のお方が右手に細く長い杖を持ち、足元の湖面のようにみえる、ヴァイオレットの水面をゆっくりと掻き回してしました。
その姿を見た瞬間に誰かが「マイトレイヤ」だと教えてくれました。
その光景を空中に浮かんでいる感じで傍観していたら、イギリスのアーサー王伝説に登場する、聖剣エクスカリバーを湖内から引き上げる精霊、レイディー・イン・ザ・レイク(湖の淑女)と重なりました。
かなり上空から眺めていたので、実質的な大きさは定かではありませんでした。
二度目に入って頭の近くまで近づいた時は、巨大に見えましたけど、異空間にいることと、周囲に大きさを比べられるものが何もないので定義しにくいのです。
マイトレイヤは、ちょうどその頃に行ったライトボディーのライブ録音の中でも登場したので、録音再生中に、その御姿を見た方も数人います。
仏教的な観点でのマイトレイヤ=弥勒菩薩は未来仏です。
この世にまだ現れていない世界を救済する弥勒菩薩のイメージは、平面から立体と多種あり、その姿はすでに描かれています。
ということは、過去の仏教、または、ヒンドュー教の歴史の中で、第三の目を通じてマイトレイヤの姿を見た人たちがいる、または、私たち三人がマイトレイヤ異次元世界に入った方々が多々いたと推測するのが無難な見解でしょう。
アダムス山のE・CETIのジェームス氏は、菩薩の写真撮影に至り、公開もしています。
仏教世界でのマイトレイヤは、未来仏として未来のどこかで人類の救済に現れるというものです。
そして、人類の救済・マイトレイヤが、お題目の「魂のリサイクル」とどう関係するのか?
「魂のリサイクル」「魂の再生」は、言い換えると「魂の創造」とも言えます。
「魂の創造」という世界を知ったのは1991頃に読んだ「アミ 小さな宇宙人」だったと思います。
(もしかしたら違う本かもしれませんが)
宇宙のどこかに高度に進化した存在達がいて、彼らが魂を作っている、または、魂を生んでいるという内容でした。
そして、UFO世界では著名な女性ジャーナリスト、リンダ・モートン・ハウエさんも、自分のニュース番組の中で、エリア51に収容されたロズエル宇宙人が語ったとされる「魂のリサイクル」のことを話しています。

驚きですよね、エリア51に収容されたロズエル宇宙人が「魂のリサイクル」のことを話しているなんて。(笑)
瞑想中に入り込んだ異次元マイトレイヤ空間の中で結びついたのは、レイディー・イン・ザ・レイクだけではありませんでした。
古代エジプトの「ピラミッドの書」の世界、そして、ヒンドュー教のディーヴァ世界、さらにはマヤ文明のアセンション世界、そして北方沿岸ネイティブ神話世界もわかり始めました。
一気に古代文明の不思議世界がまとまり始めたのです。
魂の再構成 ピラミッドの書
エリア51に収容されたロズエル宇宙人はグレイと呼ばれ、彼らは他の異星人達によって創造された有機的なロボットで、グレイは魂を持っていないという話です。
その理由は、魂は永遠の命を持っている。
しかし自分たちには魂がない。
そこで彼らは、自分たちに魂を与えるために、魂を持っている人間を誘拐し、人間の遺伝子の中に魂の在り処を探しているそう・・・驚!
このロズエル宇宙人グレイの「魂の還元・リサイクル」と「魂のハーベスティング・収穫」話を聞いたアメリカ軍の男性が、その話をUFO世界で著名な女性ジャーナリスト、リンダ・モートン・ハウエさんにするわけです。
そしリンダさんは「魂のリサイクル」という世界に対して、驚きと怪訝、ある意味で恐怖に近い反応の表情をしています。
そりゃぁそうでしょうね。
一般的な科学的な視点、常識から捉えれば、魂と呼ばれるものを今の科学常識で定義できないし、説明できないし、なんとなく魂というものの雰囲気はわかる感じがするけれど、人間世界を超えているので畏怖の感情が現れても不思議ではありません。
むしろ誰もが感じ得る、とても一般的な反応だと思います。
あなたは、自分の魂について考えたことがありますか?
自分の魂がどこにあるのが考えたことがありますか?
また自分の魂がどのように作られたか知っていますか?
人類の大多数は、「魂・ソウル」という言葉を知っている、聞いたことはあると思いますが、どこまで理解しているかと問われたら、宗教的に偏らずに綺麗に説明できる人は極稀でしょう。
霊魂(れいこん、英:SoulもしくはSpirit、ラテン語: anima、ギリシア語: Ψυχή)
・魂 たましい たま
・精神。気力
・人の肉体に宿る精気
・身体に宿って心の働きをつ司るとされるもの。古来、肉体から独立したものと考えられた
・肉体とは別に精神的実体として存在すると考えられる概念
・肉体から離れたり、死後も存続することが可能と考えられている
・体とは別に、それだけで一つの実体を持つとされる、非物質的な存在のこと
・人間が生きている間はその体内にあり、生命や精神の原動力となる存在、人格的・非物質的な存在
・個人の肉体や、精神を司る人格的存在で、感覚による認識を超えた、永遠の存在
これらは日本語のウィキペディアからの「魂」=「霊魂」の基本的な概念の抜粋です。
この説明でも、なんとなくわかったような、でも明確にわからない感じがしますよね。
今のあなたの思考または人格と完全に同じではない、なにか奥行きや、感覚、働き方、動き方が、あり方が違う、より深い、または、より神秘的な、自分の一部だけど、同じではない、察する、包括するのが難しい感じがしますよね。
言葉にして説明するのが極めて難しい世界です。
ではこれらの要素を簡潔にまとめてみましょう。
・精神・肉体に宿る精気・気力
・肉体や精神、心の働きを司る存在
・生命や精神の原動力となる存在
・肉体から独立したもの・非物質的な存在・精神的な実体・人格的な存在
・肉体から離れたりできる
・死後も存続する
・生きている間は体内にある
・感覚による認識を超えた、永遠の存在
これらを編訳すると、次のようになるでしょう。
・あなたの肉体、精神、心の働きを司る、今のあなたの性格や人格とは趣が違う、より高位の非物質質的な、核のような、永遠性の中に存在する大元
こんな感じの概念の後に、それぞれの文明圏、宗教観による違い、それぞれの観点や観念が大まかに説明されていますが、同じような意味合いのところもあれば、かなり違った世界観、違った定義だったりします。
なので、より理解しにくくなる、その違いから混乱をきたす感じがします。
どれもこれも、わかっているようで、わかってない感じは否めません。
この部分は、英語版をGoogle翻訳した方が、もう少し幅広く、より客観的かもしれません。
古語世界での語源は次のような意味から派生しています。
・呼吸する・古代ギリシャ語
・不滅の原則・古英語
・海に属する・ゲルマンルートの背後にあるオリジナルコンセプト
・聖なる湖(湖から出てくる、そして戻る)・ゲルマンとケルト事前信念
・海・古ザクセン語
・人生、重要な息・ヘブライ語
古語世界での「魂・ソウル・スピリット」の語源はとても興味深いです。
特に古代ゲルマンとケルトでは「聖なる湖」そして「湖から出てくる、そして戻る」という語源は、マイトレイヤ異次元世界のヴァイオレットの湖とイメージが重なります。
魂に関する概念、意味、語源はこれくらいにして、魂の還元世界に関係する体験に移ります。
アドバンスな瞑想家のご夫妻と週一で一緒に瞑想を続け、それまでとは遥かに趣の異なる、新次元または異次元な瞑想体験が蓄積されていきました。
その中で興味深かったのは、ヴァイオレットの異次元空間の中で、指と掌から手首までの「手だけ」のお大群が、魚の群れが泳いでいくように、螺旋の流れに沿って上昇していく光景です。
そして、この光景は私だけでなく、その他の方々も数人ですが目撃しています。
当然のことながら、それを見た人たちは、訳がわからないので唖然としたまま。
しかし、わたしは、それを見たときに、それが何を意味するのか、なにを読めば分かるのか見当がつきました。
すでに、その光景を描写している古代エジプト文書の英訳を読んでいて、そのわけがわからない、魔法の呪文の羅列のような世界を解析しようと思っていたからです。
それが「ピラミッド文書」です。

ピラミッド文書は、サッカラにある古王朝末期、テティのピラミッド地下の墓室壁面に、古代エジプト語で刻まれている文書のことです。
他界した王を天界へ上昇させる呪文と儀式だというエジプト考古学的な解釈が与えられていますが、ここでは深く言及しません。
このピラミッド文書の中には「人食いの賛歌」と名づけらえた賛美歌があります。
現在のエジプト学の見地では、亡くなったウナス王が、シェズム神の助けを借りて犠牲の雄牛となり、神々を虐殺し、調理し、食べると解釈されています。
エジプト学的な解釈がどうであれ、わたしとその他の瞑想会の参加者たちが見た「泳いで上昇する手の群れ」の光景は、王が神々の体の一部を食す、神々の手や、腕、足や、太ももなどの、ボディーパーツを食するという場面の一部です。
この世界が、魂の還元の舞台です。
「魂の還元」は「魂の変容を通じた、完成した魂・完全な魂への回帰」です。
そして古代エジプトのピラミッド文書で描かれている、亡き王が、冥界の神オシリスになり、完成された神アトムに変容する世界は、ヒンドゥー教のアートマン=魂・スピリットが、究極の現実・汝の真の姿・ブラーマンになる世界観と基本的に同じものです。
そして、この「魂の還元」は異次元のマイトレイヤ世界で行われ、その中で魂の部品、神々の体の部品が浄化され、清められ、それらを食する、受肉する、合体させていくことで、故人が冥界の王オシリスから、完成した勝利者アトム神になる、アートマン=魂が、真の魂の姿ブラーマンになるのです。
Comments